甘霧庵

スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町 その8

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、何回かに分けてご紹介しました「スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町」は、

いかがだったでしょうか。

スコータイ王朝が栄えたのは1200年代の中期から後期。

1300年代に入ると国王がポンコツで色々小競り合いが起こり、

スコータイ王国は肥沃な土地から西にあるピサヌロークに移動します。

そして、その後さらに南にあるアユタヤ王朝に吸収されます。

日本で言いますと、鎌倉時代に起こった元寇の頃です。

この頃に建築された仏教寺院や仏像が今現在歴史公園に残っております。

そう思うと古い遺跡ですね。

さて、帰りもエアアジアを利用します。

ピサヌローク空港へ向かいます。

スコータイの最後の王朝がピサヌロークにあったことを思うと、

感慨深いものです。

ピサヌローク空港へはエアアジアがバスで送ってくれます。

スコータイのあるホテルの敷地がバス停です。

乗客は私一人です。

にも関わらず、15分遅れると言われます。

その間、ドライバーとスタッフは喫煙所で一服。

そこに私も合流します。

どうやら、飛行機が遅れているみたいです。

彼らもピサヌロークに帰るみたいです。

どうやら、ピサヌロークはこの一帯では最大の都市みたいです。

スコータイには鉄道駅はありませんが、

ピサヌロークには鉄道駅がありバンコクへも直通で行けます。

昔テレビで見た、空芯菜を鍋から放り投げて皿で受け止めるパフォーマンスもピサヌロークです。

次はピサヌロークを徹底的に研究してみたいもんです。

ちなみに、上の写真はピサヌロークのワットプラシーラッタナーマハタートです。

 


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