甘霧庵

古都京都の文化財 清水寺 その2 清水寺は京都のお寺としては珍しく初めからお寺でした。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、清水寺は本名は音羽山清水寺です。

京都のお寺の多くは元々別荘や山荘だったのをお寺に改築した場合が多いですが、

清水寺は元からお寺でした。

その歴史は結構ドラマチックです。

奈良県の高取町にある子嶋寺で修行していた賢心は、夢のお告げで北へ向かい京都の音羽山まで来ました。

そしたら、金色の水が流れていました。

私だったら有頂天ですが、

修行中の賢心はそんなことはしません。

お経を唱えながら水源をたどっていくと、

そこにはこの山に篭って滝行を行い、千手観音を念じ続けている行叡居士(ぎょうえいこじ)という白衣の修行者がいました。

で、この修行僧の年齢200歳だったそうです。

ま、おとぎの話に近いです。

そして、行叡居士は賢心に「私はあなたが来るのを長年待っていた。自分はこれから東国へ旅立つので、後を頼む」といい残して旅に出ました。

かなり強引です。

会社にもいますよね。

「俺、明日からワイハに行くから、後シクヨロ。」って人。

自分は楽しそうでも残されたこっちはたまったのんじゃ無いです。

ま、そこは悟っている両人ですから、いさかいは無かったでしょう。

で、行叡居士は観音の化身であったと悟った賢心は、行叡居士が残していった霊木に千手観音像を刻み、行叡居士の旧庵に安置しました。

これが清水寺の始まりです。

行叡居士が修行していた滝は今でも「音羽の滝」として清水寺にあります。

上の写真です。

 

 


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA