甘霧庵

ハインリヒ・シュッツ その15 「マタイ受難曲」 3、最後の晩餐 過越の祭りは今の続いております。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、シュッツの「マタイ受難曲」のご紹介の続きです。

場面は今のイスラエルのエルサレムという街です。

当時、イエス・キリスト様はエルサレムの郊外のオーリブ山で寝起きしておりました。

で、昼間はエルサレムに行って、

教会でいろいろお説教をしておりました。

そして、過越の祭り当日も

エルサレム市内にやってきます。

で、弟子たちが「どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか」

と尋ねます。

イエス。キリスト様もお弟子さん達もユダヤ人ですから

過越の祭りはきちんと守ります。

で、イエス・キリスト様は

「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。

『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」

とおっしゃいました。

この場面は別の記事がわかりやすいです。

ルカによる福音書22勝です。

「市内にはいったら、水がめを持っている男に出会うであろう。その人がはいる家までついて行って、

その家の主人に言いなさい、『弟子たちと一緒に過越の食事をする座敷はどこか、と先生が言っておられます』。

すると、その主人は席の整えられた二階の広間を見せてくれるから、そこに用意をしなさい。」

というわけで、いよいよ最後の晩餐が始まります。

続く。

画像

画像は現代の過越の祭りです。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:A_Seder_table_setting.jpg#/media/ファイル:A_Seder_table_setting.jpg

 


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