皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、ビーチボーイズの本当の生みの親であるマリー・ウィルソンは彼の長男ブライアンに音楽的才能を発見します。
そして、彼らがバンドを組み活動を始めると頼んでもいないのにマネージャーになります。
マリーは音楽的才能は乏しかったかもしれませんが、
マネージメントの才能はずば抜けておりました。
まず、友人ハイト・モーガンが経営していた地元密着の小レーベル、CANDIXと契約します。
そして、1961年10月27日にデビューシングル『サーフィン』を発表します。
これは残念ながら、全米75位止まりだったようです。
「75位なら全然いいじゃん。」と思われるかもしれませんが、
当時はそんなに歌手もいませんでしたので、
75位は順当といえば順当です。
しかし、彼の偉大なところはまだまだ無名のビーチボーイズを大手のキャピトル・レコードとの契約したことです。
これは私見ですが、「いい音楽=売れる」ではないと思います。
売れるためにはそれなりの大手事務所の存在が必要だと思います。
そういう意味で無名のビーチボーイズがキャピトルかレコードを出すというのは奇跡に近いです。
そこから彼らのサクセスストーリーが始まります。
続く
画像
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Beach_boys_X_label_301.jpg#/media/File:Beach_boys_X_label_301.jpg