甘霧庵

シュパイアー大聖堂 ドイツ シュパイアー 古い建物は酷な運命がまとわり付きます。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、今回ご紹介するのはシュパイアー大聖堂でございます。

まず、シュパイアーと言う街はご存知でしょうか?

ライン川沿いの古い街です。

前回ご紹介しました「ライン渓谷中流上部」よりさらに上流部にあります。

当時、その地を治めるコンラート2世は自分のお墓として、

その地一帯で最も大きな教会を作ろうとします。

1030年に建築を開始します。

ただ、文献によっては1027年とする説や

1025年とする説もあります。

そして、1061年に完成します。

その後、何度も何度も破壊されたり、

火事にあったりしますが、

その都度、再建されます。

そして、その度に少しづつ形を変えていきながら

少しづつ大きくしていきます。

少し具体的に。

1061年に完成したシュパイアー大聖堂ですが、

その20年後、当時の皇帝ハインリッヒ4世(コンラート2世の孫)によって大部分が壊され大きく改装工事が行われました。

自分の墓を祖父のよりも大きなものにしたいからです。

そして、1106年に完成します。

そして、1111年に無事に埋葬されます。

1159年と1450年の2回火事に会います。

が、これは修理しただけで建物の増築まではしておりません。

続きは次回。

画像

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Speyer—Cathedral—South-View—(Gentry).jpg#/media/Datei:Speyer—Cathedral—South-View—(Gentry).jpg

 

 

 

 

 


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