甘霧庵

古都京都の文化遺産 二条城 その12 盛者必衰の理あります。次第に歴史の表舞台から去っていきます。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、1606年に天守閣が完成し、

完全開業となりました二条城です。

二条城では、大坂冬の陣では本陣として機能しましたし、

内戦が一旦おさまった後は二条城に時の天皇陛下である後水尾天皇と2代将軍徳川秀忠のお嬢さんとがご結婚することになり、

それをきっかけに大改修工事が行われます。

この時、指揮をとったのが築城の名人であった藤堂高虎さんでした。

さらに、後水尾天皇陛下を二条城にお迎えすることとなり、

大改修工事が始まりました。

この時、郡山城から移築した天守閣は淀城に移築され

変わって伏見城の天守閣を移築されました。

この工事の時に西側を拡張工事したそうですから

二条城は本来もう少し小さかったみたいです。

1634年、3代将軍徳川家光さんが江戸から京都にお越しになり、

二条城でしばらくお過ごしになります。

しかし、これを最後に徳川将軍は二条城にお越しになることはありませんでした。

こうなると二条城は荒廃が進みます。

将軍様がお越しになるのであれば

お城の各部屋全てお使いになったでしょう。

しかし、将軍様がお越しにならないとなると

使わない部屋や倉庫などのあちこちでほころびや雨漏りがあったことでしょう。

そして、決定打が。

画像

庭園側から見た二の丸御殿(左から大広間、式台、遠侍)

Keith Pomakis – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1440009による


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