甘霧庵

ジャン=バティスト・リュリ その9 リュリの大転機です。リクルートは成功するのでしょうか。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、1648年に起こったフロンドの乱で国王軍に追われたアンヌ・マリー・ルイーズ・ドルレアンさん。

彼女はブルゴーニュ地方のサン ファルゴー城に蟄居させられることになりました。

今でこそブルゴーニュといえばフランスを代表する地方かもしれませんが、

17世紀では都落ちも甚だしいど田舎です。

アンヌ・マリー・ルイーズ・ドルレアンさんはそこで芸術に親しみ、

回顧録を書き、

熱心な信仰生活を営んでおられました。

いよいよパリからブルゴーニュに引っ越しをするといったときに、

召使であるリュリについて来るか聞いたそうですが、

リュリの返事は「田舎は嫌だ。」という安易な理由でパリに残ります。

また、一説ではリュリが主人であるアンヌ・マリー・ルイーズ・ドルレアンさんをバカにしたとも捉えられる詩を詠んだためクビになった灯されております。

どちらにしても20歳のリュリは大都会パリに残ってさらに高みを目指すことになりました。

そして、見定めた次のご主人は、

なんと高みも高み当時14歳の国王ルイ14世です。

これは私の想像ですが、

アンヌさんとの別れ方が良好であったとすれば、

彼女が推薦状を書いてくれたと思います。

続く。

画像

シャトー ド サン ファルゴー (Château de Saint-Fargeau)、サン ファルゴー、ヨンヌ、ブルゴーニュ、フランス

Par photography taken by Christophe.Finot — Travail personnel, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=39928932

 

 


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