甘霧庵

古都京都の文化遺産 二条城 その17 二条城の歴史に京都府庁が絡んでくるとは京都らしい。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、明治4年(1871年)に二条城は一時的に京都府庁になりました。

当時、全国的に庁舎を設置しておりましたが、

原則、既存の建物を使っていたようです。

京都には適当な建物が無かったため、

二条城が京都府庁に選ばれました。

その後、明治6年(1873年) に陸軍省の所管に移され、明治17年(1884年)7月 -宮内省の所管となり「二条離宮」となります。

離宮ということですので、天皇家の別荘扱いになります。

この時点で京都府庁は移転することになります。

二条城の京都府庁は3代目で、

初代は京都東町奉行所で場所はここ

2代目は新政府軍軍務官役所の建物で場所は現在の京都府庁があるところです。

場所はこちら

 

そして、3代目が二条城です。

よく見ると二条城近辺を行ったり来たりしている感じです。

そして、4代目が現在の京都府庁です。

4代目の京都府庁が移転したのが明治18年(1885年)のことですので、

二条城が京都府庁だったのは14年ほどでした。

そして、二条城は宮内庁の所管となり、京都府庁が移転したことで明治の大改修を行うことになりました。

この大改修は明治25年まで続き二の丸御殿が修復されました。

続く。 

画像

聖徳記念絵画館壁画「二条城太政官代行幸」(小堀鞆音画)

Kobori Tomoto 小堀鞆音 (1864–1931) – http://sukeikai.meijijingu.or.jp/meijitenno/1242.html, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=82778357による


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