甘霧庵

古都京都の文化遺産 その36 西本願寺の原点までやってきました。やっぱり京都でした。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、西本願寺が今の場所に落ち着くまでに結構転々とその場所を移転させておりました。

京都の前は大阪の天満、

その前は大阪府貝塚市

その前は和歌山県和歌山市

その前は大阪府大阪市今の大阪城

その前は京都府山科

その前は大阪府枚方市

その前は福井県あわら市

ここまでが前回の内容です。

ではその前はどこだったのでしょうか?

京都です。

現在その場所には、知恩院の塔頭「崇泰院」(そうたいいん)が建っておりまして、

門前に「親鸞聖人旧御廟所」・「大谷本願寺故地」の石碑が立っております。

で、この場所がオリジナルの場所でそうです。

地図は以下の通り、

住所的には京都府京都市東山区です。

この場所は1465年に延暦寺西塔の衆徒により破却されるまでありました。

延暦寺としては急に出てきた新興宗教の浄土真宗が幅を利かせてきたことでちょっと恐怖を感じていたのかも知れません。

しかも、延暦寺は本願寺を仏敵とみなしていたのですから、

幅を利かせたとは言ってもまだまだ弱小集団の本願寺が最強集団の延暦寺に対してこれといった抵抗もできません。

だから、本願寺の法主は京都から脱出したというわけです。

そこが、福井県あわら市に吉崎御坊を建立しました。

続く。

 

 


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