皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、天地創造が終了しても聖書の神様に休む時間はありません。
早速、人類を活かさないとなりません。
なぜなら人類は天地の管理者だからです。
では、創世記第2章第7節です。
『主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。』
まずツッコミどころはそれまでは魔法みたいに何もないのに急に光や水や大地を創造し、
鳥や動物、魚や昆虫に至るまで創造していました。
しかし、ここで人間だけは「土のちり」という材料を使って作っています。
これをどう解釈しましょうか。
私的な解釈ですが、
光や水や大地といった無生物は無くなる事はあるかもしれませんが、
死ぬ事はありません。
また、亡くなったからといって誰も悲しみません。
「庭の砂3粒が昨日からなくなりました。」
で悲しむ人はほとんどいません。
ま、庭の土をごっそり持って行かれるとそれはそれで悲しみというよりは怒りに近いでしょう。
次に、鳥、動物、魚、昆虫、植物などの生物はどうでしょう。
ここは悲しむ方もいらっしゃいます。
特に家族同様に可愛がっていたペットを亡くした時はそれは悲しむでしょう。
しかし、
続く。