甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第87弾 大石良金(主税)さんは若干15歳。とんでもない15歳。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、円山会議を経てついに大石内蔵助は上京することになりました。

ここで大石さんは東京組に対してとんでもない仁義を切ることになります。

なんと自分の息子を人質に差し出すことにしました。

この人こそが大石良金(よしかね 通称主税(ちから))さんです。

このかたは1688年生まれですから討ち入りのあった1702年はまだ15歳です。

1701年の12月に山科の隠れ家で元服しました。

討ち入りの1年前です。

討ち入りに参加させるために元服させたんじゃないかとも邪推してしまいます。

その後、前述のように江戸組への人質として上京します。

どうやらこの人質は良金自身から申し出たそうです。

また、名前を垣見左内(かきみさない)と偽り上京しました。

上京後は血の気の多い江戸組を大石本体が到着するまでなだめすかしていました。

15歳なのに。

ところで、一説によりますと大石良金は武士の身分を隠して京都の遊郭で遊んでいた頃は

男色好みだったそうで、お気に入りの男娼もいたそうです。

そんな良金さんも初めての時が来ます。

緊張したのでしょうね芸妓さんに「大丈夫?」と聞かれた時に

「かたじけない」と武士言葉を使ってしまい身分がバレそうになったそうですが、

どこまで本当のことだか?

画像

『義士四十七図 大石主税吉金』(尾形月耕画)

尾形月耕 – http://ogatagekko.com/Site/47Ronin1-730.html, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7526291による

 


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