甘霧庵

古都京都の文化遺産 その56 成功の裏には縁の下の力持ちが必ずいるもんです。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、覚如さんのその後につき、

ライバルがいなくなり、

大谷廟堂も本願寺として寺院化に成功し

順風のように見えますが

実はその後も結構苦労しております

内憂外患という言葉がありますが、

この時期の覚如さんにはぴったりです。

まずは内憂から

覚如さんには男の子が二人いらっしゃいました。

長男が存覚(ぞんかく)さん次男が従覚(じゅうかく)さんです。

存覚さんはひじょうに頭がよくて、

弁舌もさわやかだったみたいですが、

若干攻撃的だったようで

あまり、父親に従順な子供ではなかったようです。

覚如さんにとっても結構悩みの種で2度も親子の縁を切っております。

しかし、2度とも仲直りをしており

最終的には仲直りの状態で最期を迎えました。

その二人を常に取り持っていたのが次男の従覚さんです。

最後の最後で父親と兄貴が仲直りしたときに、

覚如さんとしては本願寺の跡継ぎを弟の従覚さんにしようと決めていたそうですが、

従覚さんはこれを断り

なんと自分の息子の善如(ぜんにょ)さんに跡継ぎを譲り

自分は息子の補佐に徹していたようですし

父親の覚如さんがお亡くなりになると

覚如さんの著作物をまとめ上げることに人生をかけておりました。

次回は外患です。


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