甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第92弾 「刃道喜剣信士」のお墓は誰のお墓なのでしょうか?

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、前回忠臣蔵に登場する架空の人物「村上喜剣」さんをご紹介しました。

そして、この方が忠臣蔵に登場する理由が

泉岳寺の赤穂四十七士のお墓の一角に「刃道喜剣信士」と刻まれたお墓があり、

しかも俗名(生きていた時の名前)が刻まれていなかったため、

そのお墓が「村上喜剣」さんとして

それが浪曲とか講談とかに登場してしまったわけです。

では、このお墓はだれのお墓なのでしょうか?

長らく誰のお墓かはわかりませんでした。

しかし、明治になり「間十次郎」さんの墓の傍らに「寺坂吉右衛門」さんの墓碑を建てるときに

「刃道喜剣信士」は「萱野三平」さんであることが「泉岳寺書上義士墓図」により確認されました。

この萱野 重実(かやの しげざね通称三平1675年-  元禄15年1月14日(1702年2月10日))さんです。

この方の亡くなった日に注目してください。

旧暦で 元禄15年1月14日です。

討ち入りは元禄15年 (1702年) 12月14日ですので

討ち入りの約1年前に亡くなっております。

浅野長矩の刃傷沙汰が元禄14年(1701年)3月14日に起こり、

即日、切腹しております。

つまり、浅野長矩の切腹から約1年後に亡くなっております。

なぜでしょうか?

画像

泉岳寺の「刃道喜剣信士」という戒名が彫られた供養塔。

Munch2015 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=42181478による

 

 


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA