甘霧庵

聖書のお話をちょっと考察 vol 47 さぼり症の私だったら何もせずに暮らすかもしれません。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、聖書の神様はちょっと矛盾した内容をアダムに伝えております。

1つは「エデンの園になっている物は好きなだけ取って食べてもいいよ。」

おそらく、エデンの園は温暖な気候だったで、

動物からの攻撃もなかったでしょうから

衣食住の「住」については無くてもよかったのでしょう。

同じような理由で服も不必要だったでしょう。

だいたいがエデンの園にはアダム一人しかいません

何もどこも隠す必要はないですし、

もう少し後に書かれておりますが、

この時は「恥ずかしさ」というのがありませんでした。

これで衣食住の「衣」も不要です。

そこに先ほどの記載です。

つまり、「食」も用意してくれるというわけです。

ありがたいですね。

私だったらずっと遊んで暮らします。

しかし、

その一方でこうも命じております。

「これを耕せ」

アダムからしたら

「え?働くの?さっき木の実は何食べてもいいって言ったじゃん。どっちやねん!!」

私がアダムだったら

「そのうちやる」

「明日からやる」

「午後からやる」

「今日は体がだるいから」

とか言っては耕すのを先延ばしにしてしまいそうです。

この二つの矛盾をどう解釈しましょうか。

この解釈は次回に回しましょう。

 

 


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