甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第93弾 討ち入りに参加したかった。でもできなかった。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、今回ご紹介するのは萱野 重実(かやの しげざね 通称三平 1675年-  元禄15年1月14日(1702年2月10日))さんです。

この方は浅野長矩の切腹以降討ち入り前に亡くなっております。

何故でしょうか?

この方は父上様の代から浅野家の家来でした。

それを継いだことになります。

浅野長矩の刃傷沙汰のがあったときは赤穂藩の江戸屋敷に努めておりました。

そして、このニュースを聞いたときに

この方は兵庫県の赤穂にダッシュします。

早籠に乗ったみたいですが、

普通、水戸黄門風に歩くと約2週間

飛脚で8日間

それをこの方は4日で走破します。

それくらい大ニュースだったのでしょう。

この後が大変でした。

帰郷した萱野さんは父親から別の大名のところに行けと言われます。

これがまた、

間の悪いことに吉良家に近しい大名でした。

それに対してご本人は大石さんと一緒に討ち入りしたい。

なんといっても大ダッシュをして帰ってきたくらいの忠義心があったから。

親の言いつけと自身の忠義心の間で苦しみます。

そして、元禄15年、

新稲村吉田家のお姉きんを訪ねた明くる1月14日未明、

京都の山科の大石さんに遺書を書き、

切腹しました。

つらかったでしょうに。

画像

切腹したとされる部屋

Jojo2000 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=123334497による

 

 


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