皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、元々イタリア人であったリュリは数奇な運命をたどりながらも自身の才能を発揮させ
ルイ14世の庇護のもと次々に作品を生み出しました。
前にも書きましたが、
そんな中リュリはイタリア人作曲家ピエトロ・フランチェスコ・カヴァッリのオペラ作品を目の当たりにします。
フランスオペラなんて産声すら上げていない時代にすでにイタリアではオペラが次々と誕生しておりました。
私たちが今日見るオペラの形式がすでに確立されていたわけです。
壮大なセット、
目を見張る衣装、
セリフの部分はレチタティーボと言われる節をつけながらの語り、
そして、
ここ一番感情が高ぶり相手に強く主張したいときには美しいメロディーの乗ったアリア。
私が思うに一流の作曲家は他人の作品からどんどん吸収していく才能にたけていなければならない。
リュリはそういう意味では超一流でした。
まさに、ストーリーテラーとしてうたわれるレチタティーボからのアリアや
ここ一番で踊られるバレエなどをどんどん吸収して自分のものとしていきました。
そして、運命の時がやってきます。
それは、1964年5月9日の事でした。
場所は当時工事中であったあの世界遺産です。
画像
Photographer not identifiedGaspard Collignon (1673–1702), sculptor – Bibliothèque nationale de France, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3942763による