甘霧庵

ジャン=バティスト・リュリ その49 調べれば調べるとルイ14世は賢い方だなと思います。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、1661年に「はた迷惑な人々」でモリエールとリュリは出会いました。

「出会った」とは初対面ということではなく。

二人の才能が初めて共演したということです。

ここからは私の考察ですが。

この作品を非常に気に入ったルイ14世は「モリエールの戯曲にリュリのバレエ音楽を融合させたら素晴らしい作品になる」と考えました。

しかし、王の権威にかけて失敗することは許されません。

国王ルイ14世は、芸術の究極的な審判者でした。

彼は気に入った芸術家を庇護し、作品を通じて自らの権威を高めました。

モリエールとリュリのコンビが成功すれば、

それはルイ14世の「審美眼の正しさ」の証明となり、

その後の宮廷芸術の方向性を決定づける重要な材料になりました。

そこで実験的に短い作品を二人に作らせることにしました。

短い作品なら大がかりな舞台装置や多数の出演者を必要としないため、

作品にかけるコストや時間が低リスクでした。

もし仮に不評であっても宮廷の権威に大きな傷がつくことはありませんでした。

ルイ14世が「バレエ喜劇」という新しい宮廷娯楽を確固たるものにするための、

戦略的な第一歩として位置づけられていたと言えるでしょう。

画像

ポール・ミニャール – http://www.photo.rmn.fr/archive/17-510739-2C6NU0ATWZKF7.html, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13254553による

https://www.parismuseescollections.paris.fr/fr/musee-carnavalet/oeuvres/moliere-1622-1673-dans-le-role-de-cesar-de-la-mort-de-pompee, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=631410による


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