甘霧庵

冬と言えばビーチボーイズ No87 ユル・ブンリナーの才能を開花させた芸術の都。行ってみたい。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、ユル・ブンリナーさんの半生を振り返るビーチボーイズとは縁遠い回です。

幼少期を極東のウラジオストックやハルビンで過ごしたユル・ブンリナーさんにさらなる転機が訪れます。

その頃、中国では若干きな臭い雰囲気が漂っておりました。

日中戦争です。

まだ始まってはおりませんでしたが

日に日に戦争に入るんじゃないかという雰囲気がハルビンの街を覆っていました。

そんな雰囲気を察知したユル・ブンリナーの母親は幼い子供を連れてパリに移住することに決めました。

1933年のことです。

当時のパリはハルビン同様ロシア革命で行き場を失ったロシア人がたくさんいたみたいで

ユル・ブンリナーの母親はロシア人コミュニティのつながりでパリに移住したのでしょう。

そして、芸術の都パリでユル・ブンリナーの才能は花開きます。

1935年パリのロシアのコミュニティキャバレーで楽団の一員として歌手兼ギタリストとしてデビューします。

とはいっても、おそらくユル・ブンリナーのおじいさんやお父さんの七光りで団員に加入させてもらったものとは思います。

特におじいさんは有名人でしたから。

その頃後にオペラ歌手になるお姉さんとも共演しております。

画像

Wladyslaw (Taxiarchos228) – 投稿者自身による著作物, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11836260による


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