皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、
西本願寺で忘れてならないのが、
飛雲閣です。
残念ながら普段は非公開で年に何回か外観だけの公開がある程度で内部を公開するのはごく稀です。
そんな飛雲閣なのですが、
京の三名閣として同じく世界遺産の金閣、銀閣とともに名を連ねております。
ちなみに、閣とは使われ方としては迎賓館のような使われ方ですが、
意図としては権威の象徴として建てられました。
金閣は足利義満、
銀閣は足利義政、
では、飛雲閣は誰の権威の象徴だったのでしょうか?
この問いについては長らく豊臣秀吉が京都に聚楽第を建築したときに飛雲閣も建て、
それを西本願寺に移転したとされておりました。
ただし、最近の研究では異説も唱えられております。
異説の中でも有力なのが秀吉が京都に建てた京都新城から移設したのではないかとの説です。
どちらにしても飛雲閣は豊臣秀吉がその権威の象徴として建てたと考えられます。
京都新城は秀吉の正室北政所が住んでいたようですが、
お亡くなりになった後、
京都新城の跡地に後水尾上皇のために仙洞御所が造営されました。
正式名称は「桜町殿」といいわれております。
そして、仙洞御所造営のため飛雲閣は西本願寺に移築されたようです。
画像
飛雲閣
Hideyuki KAMON from Takarazuka / 宝塚, Hyogo / 兵庫, Japan / 日本 – HiunkakuUploaded by bamse, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8490540による