甘霧庵

聖書のお話をちょっと考察 vol 55 アダムの取った行動は本来の目的とは違っておりました。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、創世記第2章第19~20節について前回

ちょっと考察してみましたが、

もう少し深堀ってみます。

まず、聖書の神様はアダムが一人でいるのは良くないと思われ

助手的なものをアダムに与えようとしました。

聖書の神様はせっせと様々な生物を作っては

アダムの前に連れて行きましたが、

ここでアダムがやったことは名付けたのです。

つまり、聖書の神様が「アダムや、これはあなたにとって何ですか?」と問いかけます。

それに対して「これは僕にとっては大きくて、やさしくて、おとなしくて、そしてミルクをくれる牛です。」

みたいな感じでその動物の特性や性質を見抜いてそれぞれに名付けていったわけです。

しかし、当初の目的だった助手的なものは存在しませんでした。

更に深堀ります。

この時、アダムは初めて言葉を発しました。

つまり、言語と意思の誕生です。

この瞬間、われわれ人間は自分の考えたことを自分の言葉で外側に向けて表示することができるようになり、

聖書の神様もそれを良しと思われたのです。

しかし、このアダムの行動は

残念ながらこれらの生物とアダムとの関係が支配する側とされる側の関係になってしまったことも表します。

そこで、次の一手です。


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