甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第101弾 大規模なミッションは裏方の力量で決まるかもしれません。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、大石内蔵助の遠縁にあたる大石三平さんは

討ち入り当時、父親が浪人をしていたこともあり江戸に住んでいました。

彼には大きまミッションが2つありました。

そのうちの一つが討ち入りの日程を決定するための証拠集めです。

討ち入りは一回しかできません。

今回は失敗したから

また来年ね。

と言うわけにはいかないのです。

ですから確実に吉良邸に吉良上野介が在宅している確固たる証拠が必要でした。

その時、浪士の一人である大高源吾が、

茶道の師匠(山田宗徧)から12月14日に吉良邸でお茶会があることを聞き出し、

吉良が確実に屋敷にいることを突き止めました。

そして、大石三平さんがその情報を確実にするためにその情報を裏打ちしました。

これで、討ち入り決行日は12月14日に決定しました。

そして、大石三平さんのもう一つの使命は、

この討ち入りを後世に残すことです。

実際、事件後は吉良と縁のあった津軽家(弘前藩)から目を付けられるなど苦労もありましたが、

最終的には高松藩(松平家)に仕えることができました。

彼の墓は東京都墨田区の福厳寺(ふくごんじ)にあり、

現在も「大石三平の墓」として残っています。

続く。

画像

福厳寺 (墨田区)

あばさー – 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=94450881による

 


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA