甘霧庵

冬と言えばビーチボーイズ No91 人生二度目の神戸後に降り立ちました。どんな思いだったのでしょう。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、パリを離れたユル・ブンリナーと彼の母親はかつて住んでいた大連から次の目的地に向かいます。

その次の目的地はなんと日本の神戸です。

1940年当時、日本の神戸と大連とは定期的に連絡船が運航しておりました。

ユル・ブンリナーの計画では大連からいったん神戸に行き、

そこから船でアメリカの西海岸を目指すことでした。

ではなぜ神戸だったのでしょうか。

実は大連から神戸への移動はこれが初めてではありません。

ユル・ブンリナーが12歳の頃

つまり、親父が浮気をして家族を捨てた頃。

一度、大連から神戸に来ておりました。

その時は不確かな情報ではありますが、

外国人子女が通うセント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジに通っていましたようです。

そしてこの時期に音楽やパフォーマンスに興味を示し始めていたといわれております。

また、ユル・ブンリナーの語学の才能もこの時期に開花したともいわれております。

そして、時は経って苦しい時期に神戸に戻ってきました。

これは私の推測ではありますが、

資金の乏しかった彼らは少しは知っている土地でいくばくかでも旅の資金を稼ぎたかったのではないでしょうか。

1940年の秋の頃の事です。

画像

http://www.kinouya.com – old postcard, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10136969による


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