甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第105弾 土屋 逵直さんは私の中では群を抜いて好きなキャラです。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、旧暦の1702年12月15日(新暦ですと1703年1月30日)の午前4時ごろ

いよいよ討ち入り決行です。

ところで、赤穂事件を題材にして創作されたのが「忠臣蔵」です。

私たちがよくテレビや映画などで見ているのはあくまでも忠臣蔵ですので、

史実である赤穂事件とは若干違っている箇所があります。

といいますか、史実を基に脚色をしているといった方が正確かもしれません。

私がドラマ忠臣蔵で一番お気に入りのシーンが討ち入り直後のシーンです。

ドラマでは吉良邸の隣には土屋 逵直(つちや みちなお、(1659年 -1730年9月14日))さんのお屋敷がありました。

赤穂の浪人は討ち入ったことで、騒がしくしてしまい申し訳ないと塀越しにお詫びをします。

さらに、本懐を遂げさせてほしいので、見逃してほしいとも。

それを聞いた土屋さんは幕府が喧嘩両成敗をせず、浅野家だけを厳罰に処したことにいかりを感じていたのか、

これを快諾し、大いに働き本懐を遂げよと。

ただし、塀を乗り越えて土屋邸に入った者は理由のいかんにかかわらず切るとも。

そして塀沿いに提灯をあげて吉良邸の庭を明るくしてもあげました。

でも、これは脚色です。

史実は次回。


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