甘霧庵

冬と言えばビーチボーイズ No96 ついにアメリカでのキャリアをスタートさせました。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、1940年の10月にアメリカに到着したユル・ブリンナーの最初のキャリアはラジオのアナウンサーでした。

彼が採用されたのVOA(ボイス・オブ・アメリカ / Voice of America)です。

当時は、アメリカ政府の機関であるOWI(Office of War Information戦時情報局)の管轄下にありました。

フランスに住んでいたユル・ブリンナーさんは堪能なフランス語を駆使して

このラジオ局から当時ナチスドイツに攻撃されたフランスに対して連合軍のニュースや希望を与えるメッセージを送り届けていました。

さらに母国語であるロシア語も駆使してロシアにも同様の放送をしていました。

ユル・ブリンナーさんはその甘いバリトンボイスと持ち前の度胸でこの仕事を成功させその後のキャリアの礎としていきました。

さらに、フランス時代にサーカスで鍛えた見事な肉体美とそのルックスを武器にモデルもしていたようです。

とにかく、右も左も分からないアメリカで何としてでも成功しようと必死だったのでしょう。

一度、アヘンで死にかけた経験がここでも活きたのかもしれません。

ちなみに時にはラジオで得意のギターと歌を披露していたようです。

画像

By Paulo rsmenezes – american film in the public domain, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11112949


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