甘霧庵

ジャン=バティスト・リュリ その72 名文「テ・デウム」は美しすぎるが故に伝説ができてしまいました。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、1600年代後半国家的なお祝いがあれば音楽家は「テ・デウム」を演奏してお祝いしておりました。

1686年にルイ14世が病から回復した時もフランスのあらゆるところで「テ・デウム」が演奏されました。

当然、リュリも全力で自信が作曲した「テ・デウム」を演奏をしました。

「テ・デウム」はかつてはアウグスティヌスとアンブロシウスの伝説が信じらてておりましたが、

19世紀末から20世紀にかけての研究(特にベネディクト会の修道士たちによる文献学的な調査)によって、

現在のカトリック教会や音楽史では、

4世紀末〜5世紀初頭に現在のセルビア(当時はローマ帝国のダキア・レミシアナ)の司教であった聖ニケタス(Nicetas of Remesiana)が作者であるという説が最も有力視されています。

ニケタス司教は高名な聖歌の作者であり、

当時の記録にも「彼が美しい讃美歌を作った」という言及が残されています。

彼が既存の様々な古い祈りの言葉を一つに編纂し、現在の『テ・デウム』の形にまとめ上げたとされています。

つまり『テ・デウム』は、

4世紀末頃、それまでキリスト教の中でバラバラに歌われていた最高の賛美と祈りの言葉を聖ニケタスがラテン語の洗練された一つの散文詩へと見事に結晶化させたものと言えます。

画像

アンブロジウス(モザイク画・ミラノの聖アンブロジウス教会のもの)

パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=361248


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