甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第116弾 赤穂事件もクライマックスです。あれも史実ではありませんでした。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、赤穂事件を基にした創作に「忠臣蔵」があります。

そのクライマックスとも言えるのが

浪士(大石内蔵助または赤穂浪士の一人)が寝室の布団に手を入れ、

「まだ温かいから遠くへは逃げていないはずだ」と判断して邸内を再捜索し、

炭小屋の隠れ場所を発見したとされるシーンです。

このシーンは残念ながら史実ではありません。

事件当時の一次資料(赤穂浪士側の手記や幕府の取り調べ記録など)には、

この「布団のぬくもり」に関する記述はありません。

江戸時代後期以降、講談や歌舞伎(『仮名手本忠臣蔵』の派生作品)、

後世の小説やドラマでドラマチックな緊張感を演出するために創作された名シーン(虚構)です。

ここで、吉良邸の見取り図が役に立ちます。

赤穂側はこの吉良邸の見取り図がおそらくは

ほぼ完璧に頭に入っていたと思われます。

つまり、例の炭小屋も頭に入っていたはずです。

この炭小屋は台所の裏にあったと言われております。

そして、間十次郎(はざま じゅうじろう)や武林唯七(たけばやし ただしち)らが炭小屋を改めた際、

奥に人が潜んでいる気配や、暗がりの中の動く影・息遣いに気づきました。

赤穂浪士側が炭小屋の奥を改めようと踏み込んだその時。。。。。。。。。

画像

Yamazaki Toshinobu II (1866-1903) – Honolulu Museum of Art, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=23654150による


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