皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、日本語とアイヌ語のバイリンガルだった知里 幸恵さんは天才的な頭脳をお持ちでした。
しかし、体の方はかなり虚弱でした。
17歳の時に気管支カタルにかかります。
つまり、気管支炎です。
北海道の冬は彼女にとって厳しすぎたかもしれません。
せっかく優秀な成績で入学した学校も2学期以降は休みがちになります。
その才能を見出した金田一京助先生は知里 幸恵さんにアイヌの叙事詩をローマ字で筆記するように勧めます。
ローマ字で筆記したのはアイヌには文字がなかったからです。
知里 幸恵さんは初めは気が進まなかったものの
そのうち熱心に筆記し始めました。
さらにアイヌ語の叙事詩をローマ字で筆記したものを日本語に翻訳もし始めました。
その翻訳が天才的です。
それでなくても叙事詩の翻訳は難しいです。
原文が持つ雰囲気、韻、行間、表の意味と裏の意味などを作者の意図を忠実に翻訳することは
よほどのプロじゃない限りできません。
その上、ユーカラは子から子へ、孫から孫へと口承で伝えられてきました。
伝えられている間により美しくより繊細に変化していったでしょう。
しかし、彼女はそれを跳ね除け見事な翻訳をやり遂げました。
それが、『アイヌ神謡集』です。
続く。
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アイヌ神謠集 初版
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