甘霧庵

ジャン=バティスト・リュリ その34 プチブルボン劇場。現在はルーブル美術館の一部となっております。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、モリエールさんがみないフランス修行から凱旋し、

ルイ14世の御前で公演をして絶賛されると、

ルイ14世はプチ・ブルボン劇場の使用をモリエール一座に許可しました。

プチ・ブルボン劇場は元々ブルボン家のコンスタブル(シャルル3世)の私設劇場で、

セーヌ川沿いのルーヴル美術館とサン=ジェルマン=ローセロワ教会の間の邸宅に位置しておりました。

その後、ホテル・デュ・プティ・ブルボンとなり、

1577年に再び劇場に改装されました。

この劇場の使用を許可されたモリエール一座は早速公演する事になりました。

ただし、条件が。

この劇場はすでに別の劇団が専属契約をしていたので、

その劇団が休演の時だけ使用することを許されました。

ただ、この使用日が曲者で月、水、木、土曜日です。

どうやら、この時期のパリっ子たちは火、金、日曜日に劇場に行く習慣があったみたいで、

モリエール一座は客足の遠い曜日を割り当てられた事になりました。

それでもモリエール一座にとっては使用料を気にせず自分のやりたいことをやれるのは幸せの絶頂だったかもしれません。

11月には、パリの観客の前にデビューしています。

成功を収めたといわれております。

画像

プチ・ブルボン劇場の様子

Picquet (graveur) – このファイルはガリカデジタル図書館から提供されており、デジタル識別子 btv1b8410619h/f1の下に利用可能です。, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12200177による

 

 

 

 

 


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