甘霧庵

風に吹かれてアンデスへ #173 あの薬品の名前は開発者の名前からとったんですね。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、ボリビアの片田舎コロイコにある場末のバーといいますか

この村唯一の外国人向けのバー。

そこに集まったヘンテコな人たち。

初めは他愛もない話題でしたが

ある時から話題は1995年に起こった「地下鉄サリン事件」に

この事件が起こったころ連日テレビでこの事件を扱っておりました。

あの頃私は東京に憧れる大学生でした。

なんとか東京に進出できないか画策する日々を送っておりました。

この旅に出たのがこの事件のほとぼりがすっかり冷めた1999年でした。

ところで、

この時期のテレビ番組でやっていた「サリン」の命名についてがとても印象に残っておりました。

「サリン」の名称はナチスでサリン開発に携わった

ゲルハルト・シュラーダー ( Gerhard Schrade),

オットー・アンブローズ(Otto Ambros)

ゲルハルト・リッター (Gerhard Ritte)

フォン・デア・リンデ (Hans-Jürgen von der Linde)

あるいはIvanoff (イヴァノフ)

あるいはNoelting (ネルティング)の名前からとられたそうですが、

最後の人はちょっと強引かも「サリン」と名づけたかったからでっち上げられた架空の人物かも。

画像

オットー・アンブローズ(Otto Ambros)ニュルンベルク裁判の際に撮影されたマグショット。

US Army photographers on behalf of the OUSCCPAC or its successor organisation, the OCCWC – http://www.wollheim-memorial.de/de/otto_ambros_19011990, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7058924による


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