皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、強力な神経ガスであるサリンはナチス・ドイツの時代に作られました。
化学式は30年前にわかっていた無体です。
しかし、ヒトラー自身毒ガスで負傷した経験があるので
毒ガスを用いることに消極的で戦争中は使用されることはありませんでした。
終戦後、連合国は開発した科学者を拘束し毒ガス兵器の作り方などを聴取しましたが、
裁判にかけることなく釈放しました。
その後、開発者のシュラーダーさんもアンブローズさんも90歳近くまで長寿を全うしました。
そして月日は流れます。
1989年、山梨県の富士山のふもと西八代郡上九一色村(現:南都留郡富士河口湖町)に装飾のほとんどない
無機質な巨大建造物が建てられます。
後にサティアン(サンスクリット語で真理という意味)と呼ばれる施設です。
近所の方々は倉庫とかパソコンを修理する工場とか作業場として認知されていたみたいです。
そんな無機質な建物が多い時で30ほどあったみたいです。
その建造物の中でもひと際大きく異様な建物が第7サティアンです。
ここで日本中を震撼させた猛毒ガスサリンが製造されておりました。
ただ、サリンの製造は順調だったわけではありません。
画像
サティアン(1996年9月8日撮影)
吉川 祐介 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=98902628による