甘霧庵

聖書のお話をちょっと考察 vol 57 「骨の骨、肉の肉」と「骨肉」は全く別物です。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、創世記第2章第23節のアダムのセリフの一部を抜粋します。

「わたしの骨の骨、わたしの肉の肉」これはいったいどういう意味なのでしょうか?

ちょっ深掘ぼっていきます。

聖書では「骨肉」と言う言葉がよく出てきます。

例えば

「ラバンは彼(ヤコブ)に、『あなたはほんとうにわたしの骨肉です。』と言った。」(創世記29:14)

「イスラエルの全部族は、ヘブロンのダビデのもとに来てこう言った。『ご覧のとおり、私たちはあなたの骨肉です。』」(Ⅰサムエル5:1、Ⅰ歴代11:1)。

実際日本でも「骨肉」は親兄弟などの親族関係で使われたりしますが、

聖書では他人同士でも親族以上の関係になりましょうという意味で使われたりします。

しかし、今回取り上げたセリフはそれ以上の関係を表しております。

「骨肉」の関係は所詮は成分が全く違う「骨」と「肉」の関係でこの二つは切ろうと思えば切れますし、

実際、「骨肉の争い」と言う慣用句は夫婦間では使われません。

つまり、今回取り上げたセリフは聖書の夫婦観を表しているのだと思います。

この部分を「私の骨で作られた骨」と解釈すると夫婦は一体となって共に人生を歩んでいく存在であると考えられます。

そしてさらに・・・。

 

 


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