甘霧庵

東京探訪 旧〇〇シリーズ 第103弾 最後の脱退者が出てしまいます。私の勝手な説です。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、いよいよ決行となった前々日彼らをくじく出来事が起きてしまいます。

堀部安兵衛宅にいそうろうしていた毛利小平太さんが置手紙を置いて逃げてしまいました。

脱退した理由については様々ありますが、

有力な説は親族から説得された。

あるいは恋人から説得された。

さらに、重病説もありました。

私の考えではここまで苦楽を共にしていたにもかかわらず、

直前になって

それも置手紙だけを置いて逐電するのはよっぽどのことと思います。

江戸時代になって武士としての礼節などが薄くなったとはいえ

親兄弟親族が説得したとしても

それに応じるとは考えにくいです。

ましてや、恋人に説得されるなんてなことは後世に恥を残すと思ったに違いありません。

となると、重病だったのかもしれません。

冬の寒い時間の決行で、

成功するかしないかの線上で

重病の体を引きずって参加することによって足を引っ張るくらいなら

さっと身を引いて陰ながら祈ることを選んだのではないでしょうか。

更に異説として、経済的困窮が挙げられております。

参加したかったけども生活が困窮しすぎてこれ以上は付き合ってられないと思ってしまい逃げてしまったというのですが、

これはどうでしょうかね?


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