皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、「王立音楽アカデミー」はルイ14世がフランスの芸術を盛り上げるために建てられました。
現在はパリオペラ座という名前で知られております。
1670年当時は比較的新しい劇場ではありました。
この使用権をリュリが独占してしまったわけです。
更にリュリがコメディ=バレからオペラに興味を持ち始めた理由があります。
リュリの作曲家としての最大のライバルだったロベール・カンベールによるオペラ「ポモーヌ(Pomone)」や
「愛の苦しみと喜び(Les Peines et les plaisirs de l’amour)」大ヒットします。
これをみてリュリはフランス語によるオペラの成功を確信します。
さらに間の悪いことにモリエールがリュリが作曲した作品を許可を得ることなく勝手に上演し、
大儲けしたことでリュリはモリエール劇団を徹底的にたたきに来ます。
リュリは王立音楽アカデミーの運営権を独占した後、
全ての劇場での公演をリュリの許可制にしてしまいます。
これにはモリエール劇団も例外ではありませんでした。
怒り狂ったであろうモリエールでしたが、
この怒りがモリエールの体もむしばみ始めました。
画像
現在のオペラ座
Alexander Hoernigk – 投稿者自身による著作物, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=48031324による