甘霧庵

ジャン=バティスト・リュリ その58 醜い争いの根底には保身と嫉妬と金。こればっかり。

皆さんこんにちは。

甘霧庵でございます。

さて、「王立音楽アカデミー」はルイ14世がフランスの芸術を盛り上げるために建てられました。

現在はパリオペラ座という名前で知られております。

1670年当時は比較的新しい劇場ではありました。

この使用権をリュリが独占してしまったわけです。

更にリュリがコメディ=バレからオペラに興味を持ち始めた理由があります。

リュリの作曲家としての最大のライバルだったロベール・カンベールによるオペラ「ポモーヌ(Pomone)」や

「愛の苦しみと喜び(Les Peines et les plaisirs de l’amour)」大ヒットします。

これをみてリュリはフランス語によるオペラの成功を確信します。

さらに間の悪いことにモリエールがリュリが作曲した作品を許可を得ることなく勝手に上演し、

大儲けしたことでリュリはモリエール劇団を徹底的にたたきに来ます。

リュリは王立音楽アカデミーの運営権を独占した後、

全ての劇場での公演をリュリの許可制にしてしまいます。

これにはモリエール劇団も例外ではありませんでした。

怒り狂ったであろうモリエールでしたが、

この怒りがモリエールの体もむしばみ始めました。

画像

現在のオペラ座

Alexander Hoernigk – 投稿者自身による著作物, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=48031324による


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