皆さんこんにちは。
甘霧庵でございます。
さて、ユル・ブリンナー一家がどうしてもアメリカに行かなければならない理由は
当時住んでいたパリが徐々に第2次世界大戦に巻き込まれそうになり始めたからですが、
理由はもう一つありました。
それは母親の病気治療です。
当時、ユルブリンナーの母親マルーシャ・ブリンナーは白血病にかかっておりました。
息子としては何としても最先端の治療を受けさせてあげたいと思っていたところへ
アメリカに嫁いだ姉からアメリカには白血病の最先端治療が充実しているとの連絡が入ります。
こうなると何としてでも治療を受けさせたいと思ったことでしょう。
前に書きましたようにヨーロッパからアメリカ大陸に行くのは
大西洋を渡るのが良いのですが
すでにドイツの潜水艦が大西洋をウヨウヨいたので、
距離は長くなりますが、
東回りでの渡米することにしました。
そんな病気の母親を伴ってなんとかかんとか神戸までやってきました。
神戸にはうれしい知らせが届いておりました。
神戸発サンフランシスコ往きの2人分のチケットが
アメリカに住んでいる姉から送られておりました。
これでアメリカに行けるはずでした。
しかし、現実はそんな簡単ではありません。
続く。
画像
アメリカに移住した後の1943年のブリンナーの写真
By Yul-brynner-immigration-xl.jpg: U.S. District Court for the Southern District of New York. (1814 – )derivative work: Prosody (talk) – Yul-brynner-immigration-xl.jpg, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15494612